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「あなた自身の井戸から 」 (箴言5章.3)06/01/2008

「あなた自身の井戸から水を汲み、
あなた自身の泉から湧く水を飲め。」
(15節)

 夫婦の関係が井戸と泉にたとえられています。
汲もうとすれば、水は十分にあります。他の井戸や泉に水を求める必要はありません。それなのに、自分自身の井戸や泉を軽んじてその水を汲もうとしないなら、その水はあふれ出て、飲むべきではない人々が飲むことになるかもしれません。
「その源は溢れ出て、広場に幾筋もの流れができるであろう。」 (16節)
だから、自分の井戸と泉を大切にしなければなりません。

「その水をあなただけのものとせよ。
あなたのもとにいるよその者に渡すな。」
(18節)

「あなたの水の源は祝福されよ。
若いときからの妻に喜びを抱け。」
(18節)

  結婚に求められるものと、恋愛が求めるものが違います。
結婚の喜びを得るためには、誠実さや意志の強さが必要です。
自分の心や思いに従うだけではあまりにも足りません。もし、人間に罪がなかったなら、自分の思いに従うだけでも幸せな結婚生活を維持できるでしょう。しかし、人の心がとらえがたく病んでいることを忘れてはなりません。自分の思いに従うだけなら、いかに無責任な行動を重ねることになるでしょうか。ダビデの息子アムノンは、病気になりそうなほどにタマルを愛しました。そして、情熱に駆り立てられるあまり、正当な手続きも経ずにタマルを自分のものとしました。しかし、思いを遂げた後には無惨に彼女を捨てました。
「アムノンは激しい憎しみを彼女に覚えた。その憎しみは、彼女を愛したその愛よりも激しかった。」
(サムエル下13章) それに対して、ボアズとルツの場合は対照的です。ボアズはルツに対して誠実でした。自分との結婚を求めたルツに対するボアズの言葉には、何度も 「責任」 という言葉が登場します。

「主は生きておられる。わたしが責任を果たします。
さあ、朝まで休みなさい。」
(ルツ記3章)

 結婚の喜びも、主の恵みによって与えられるべきものです。 「若いときからの妻に喜びを抱け」 と命じられた主は、その命令に従うことができる誠実さや強さを与えてくださるでしょう。

「彼女は愛情深い雌鹿、優雅なかもしか。
いつまでもその乳房によって満ち足り、常にその愛に酔うがよい。」
(19節)