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「知恵ある者と見るな」 (箴言3章.4)01/13/2008

「自分自身を知恵ある者と見るな。主を畏れ、悪を避けよ。
そうすれば、あなたの筋肉は柔軟になり、
あなたの骨は潤されるであろう。」
(7,8節 )

  自分自身を知恵ある者と見ない人々は、常に新たに学ぶ人々です。キリストの弟子たちに、そのような模範を見ることができます。彼らは、キリストから日々新たに叱られていました。
「サタン、引き下がれ。あなたはわたしの邪魔をする者。神のことを思わず、人間のことを思っている。」 (マタイ16:23) 「フィリポ、こんなに長い間一緒にいるのに、わたしが分かっていないのか。」 (ヨハネ14:9)
「あなたがたの信仰はどこにあるのか。」 (ルカ8:25)

  それは日々新たに自分の愚かさを知らされていたということでもあります。しかし、それで彼らがキリストに反発したり、自分に腹を立てたり失望したりすることはありませんでした。彼らはただ新たに学ぶのみです。そして単純に穏やかな心をもって従うのみです。

 それに対して、自分を知恵ある者と見ていた人々は、自分たちの思い上がった無知を指摘された時、キリストに腹を立てました。自分が正しいから腹を立てていたのではありません。間違っているから、それを指摘したキリストを憎んだのです。 (マルコ3:1−6)
 自分を知恵ある者と見るなら、わたしたちは様々な激情を燃やし続けながら生きていかざるをえないでしょう。それが有益な情熱ならよいでしょうが、そうではありません。無益な激情です。キリストを憎んだ人々は、執拗にキリストを殺そうとしました。しかし、そのような激情はむなしく燃え上がるにすぎません。そのような激情は、人の活力を奪い、健康さえ損ないます。

「穏やかな心は肉体を生かし、激情は骨を腐らせる。」 (箴言14:30)
「喜びを抱く心はからだを養うが、
    霊が沈み込んでいると骨まで枯れる。」
(箴言17:22)

  自分を知恵ある者と見ないで、常に新たに学ぶ者として主に従い続けましょう。
「そうすれば、あなたの筋肉は柔軟になり、あなたの骨は潤されるであろう。」 (8節)

無益な激情に振り回されない単純で穏やかな心は、
人を健康にし、新たな活力をもたらします。