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「自分の分別に頼らず」 (箴言3章.3)12/30/2007

「心を尽くして主に信頼し、自分の分別には頼らず、」 (5節 )

 「心を尽くして主に信頼し」 とは、心の中に主への信頼以外の何ものをも置かずに信頼することを意味しています。それこそ、神のご栄光にふさわしい信頼です。そのような信頼がなければ、信仰の父アブラハムが故郷を捨てて旅立つことはなかったでしょう。また、試練に満ちた彼の生活を続けることもできなかったでしょう。アブラハムに限らず、信仰によって生きるすべての人々が同様です。心の中に神への信頼以外の何かがあるなら、その分だけ信仰生活は耐え難いものになるのではないでしょうか。

 「自分の分別に頼らず」 とは、考えたり判断したりするのをやめるということではありません。心を尽くして主に信頼する人は、知恵を尽くし思いを尽くして主への信頼にふさわしい知識と判断を求め続けなくてはなりません。そして、どんなに良さそうに思えても、主への信頼に反するような知識や判断に自分の行動を決めさせてはならないのです。嵐の中で、弟子たちは恐れて叫びました。
「先生、わたしたちがおぼれてもかまわないのですか。」
しかし、主は彼らに言われました。
「なぜ 怖 ( こわ ) がるのか。まだ信じないのか。」 (マルコ4:38、40)
求められているのは人間の分別ではなく、静かな信頼でした。

「常に主を覚えてあなたの道を歩け。」 (6節)

  どのようなときも、どのような所にも主は共におられます。 (詩編139編、マタイ28:20)
自分が望むような仕方でその存在を確認できないからといって、主が共におられないと結論するのは愚かなことです。そのような自分の分別に頼ってはなりません。

「そうすれば、主はあなたの道筋をまっすぐにしてくださる。」 (6節)

  「まっすぐにする」 とは、真のゴールに至るように道をまっすぐにしてくださるということです。試練も苦しみも避けられないでしょうが、真の幸い、繁栄、安全、助けなどあらゆる良きものがその道にはあります。それに対して、人の目にはまっすぐに見えても、人を欺く曲がった道もあるのです。

     「人間の前途がまっすぐなようでも、
         果ては死への道となることがある。」
(箴言14:12 )