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「不法を行う者をうらやむな 」 (箴言3章.12)
「不法を行う者をうらやむな。その道を選ぶな。
主は曲がった者をいとい、まっすぐな者と交わってくださる。」 (31,32節 )
不法を行う者が、不法を行うからこそ成功し、繁栄していくことがあります。その道の魅力は、時には忠実な信仰者さえ迷わせるほどのものです。詩編73編の信仰者は、神に逆らう者の安泰をうらやましいと思いながら、こう言いました。 「見よ、これが神に逆らう者。とこしえに安穏で、財をなしていく。わたしは心を清く保ち、手を洗って潔白を示したが、むなしかった。」 (詩73:12、13)
「主は曲がった者をいとい、まっすぐな者と交わってくださる」 (32節)
これが不法を行う者をうらやんではならない理由です。しかし、詩編73編の信仰者は、主との交わりの喜びから迷い出てしまいました。自分で 「心を清く保ち、手を洗って潔白を示していた」 と思っていたところに、隠された思い上がりがあったからです。彼はこの罪を悔い改めて主にこう告白します。 「あなたが右の手を取ってくださるので、常にわたしは御もとにとどまることができる。」 (詩73:23) 自分で主に従っていると思うなら、恵みを見失っています。この隠された頑固な高ぶりは、キリストを十字架につけた高貴な人々の中にあったものです。しかし、十字架においてわたしたちの罪を贖いたもうたキリストにおいて神との交わりを喜ぶなら、隠された高ぶりが入り込む余地はありません。その時、誰をうらやむ必要があるでしょうか。その人は、自分が受けた恵みを学び続けるでしょう。
「主に逆らう者の家には呪いが、主に従う人の住みかには祝福がある。
主は不遜な者を嘲り、へりくだる人に恵みを賜る。
知恵ある人は名誉を嗣業として受け、愚か者は軽蔑を受ける。」 (33−35節 )