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「あなたは悟るであろう」 (箴言2章.3)
「また、あなたは悟るであろう。
正義と裁きと公平はすべて幸いに導く、と。」 ( 9節 )
聖書の教えに従えば、人間の不幸は罪が世に入ってきた時に始まりました。人間の不幸は罪と共にあり、幸いは義と共にあります。しかし、この真理ほど、実際生活に生かすことの難しい真理はないのではないでしょうか。
「キリスト者の生活について、聖書には二つの計画がある。第一は、われわれが義を愛するように、律法によって教えられることである。 それは生まれつきのわれわれが、それを愛そうとはしないからである 。」 (カルヴァン著「キリスト者の生活綱要」1章2節)
聖書の戒めも知恵も知識も、すべてキリストを目標としています。日々、銀を求めるようにキリストを尋ね、宝物を求めるようにキリストを捜すなら、
「あなたは悟るであろう。正義と裁きと公平はすべて幸いに導く、と。」 (9節)
「彼らの道筋は曲がり、通う道はくねっている。」(15節)
悪い道は複雑です。その道がどれほど巧妙にまっすぐな道に接しているか計り知れません。 「まっすぐな道を捨て去り、闇の道を歩く」 人々も、以前にはまっすぐな道を歩んでいたのです。また、悪い道や暴言には 「小躍りする」 ような楽しみがあります。 「彼らはまっすぐな道を捨て去り、闇の道を歩き、悪を働くことを楽しみとし、悪と暴言に小躍りする者。」 (13−14節) 悪い道や暴言を越える楽しみや喜びがなければ、それらから安全に進み続けることはあまりにも難しいでしょう。聖書を熱心に研究して生活に適用しようとしていた人々でさえ、その道に迷い込みました。 (参考 マタイ15:1−9) そして、聖書が証ししているキリストを拒んで十字架につけたのは、彼らでした。 (ヨハネ5:39−40、8:37)
キリストこそ、神の知恵です。
日々、銀を求めるようにキリストを尋ね、宝物を求めるようにキリストを捜しましょう。
そうすれば、幸いへと続く義の道を安全に進むことが許されるでしょう。