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『ついに彼は敵を支配する』(詩編112編.6) 12/26/2004

「彼の心は堅固で恐れることなく、ついに彼は敵を支配する。」(8節)

 主なる神に従う人の心が「堅固で恐れることがない」のは、その人の心そのものが堅固だからではありません。自分の心の思いに従った時には、信仰の人アブラハムでさえ王たちを恐れて、何もしないままに妻のサラを彼らに引き渡すほどでした。(創世記12:11−15、20:1−2)イエスの弟子たちも同様でした。一緒に死ぬ覚悟さえも決めていたはずなのに、いざという時には彼を見捨てて逃げてしまいました。(マルコ14:31、50)人の心そのものは「堅固で恐れることがない」と言い切れるほど強くありません。「自分の心に依り頼む者は愚か者だ。」(箴言28:26)主に従う者の心が「堅固で恐れることがない」のは、彼らが堅固な神に依り頼んでいるからです。しかし、神を自分の思想や感情や欲求に従わせるようにして信じているのでありません。反対に、神に自分を従わせるようにして、依り頼んでいるのです。

 また、そのような仕方で神に従う人は、ついに敵を支配します。相手を踏み倒すような仕方で、即座に支配するのではありません。敵を倒すことに力を向けず、神に従うことに力を注ぐことによって「ついに・・支配する」のです。当座の出来事だけを見たなら、迫害された預言者たちの歴史は、敵対する強大な勢力に踏みにじられただけで終わったかのように見えたことでしょう。独り子キリストも同様です。(参考 マタイ21:33−39)しかし、ついに敵を支配したのは、キリストの方です。(使徒2:36)キリストの弟子たちも、この御方の勝利を模範として進んでいきました。(第一ペトロ2:18−25)あくまでもキリストに従うことにおいて勝利し、「ついに・・敵を支配する」のです。

キリスト者の勝利はまず目に見える結果ではなく、主の約束への信頼の中にあります。
そして、その勝利はやがて目に見える現実となり、
           主を堅固に信じる者は「ついに・・敵を支配する」のです。