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『とこしえの祭司』(詩編110編.3)
「あなたはとこしえの祭司、メルキセデク」(4節)
キリストは、「永遠にメルキセデクと同じような祭司」です。(ヘブライ7:17)信仰のない人々にとって、祭司の有無はどうでもよいことでしょう。しかし、主を信じる人々にとって、祭司の職務を果たす人々の存在は重要でした。生ける神に近づくことは、実に恐ろしいことだったからです。神と自分を真実に知る人々は、神に近づく時に死や滅びを意識せずにはいられませんでした。(士嗣6:22ー23、イザヤ6:1ー5)だから、自分たちに代わって常に神の御前に使える祭司が必要でした。自分の罪と弱さのゆえに、神に近づけない人々も、祭司には近づくことが出来ます。そして、祭司は「罪のための供え物やいけにえを捧げるよう、人のために神に仕える」のです。(ヘブライ5:1)しかも、祭司自身が、「弱さを身にまとっているので、無知な人、迷っている人を思いやることが出来るのです。」(ヘブライ5:2)人々は、自分たちの罪や弱さや愚かさにもかかわらず、祭司に近づき、祭司を通して、神に近づくのです。
信仰に進めば進むほどに、祭司の有無は重要なことでした。そして今、わたしたちは、キリストという祭司を持つに至ったのです。それは、代々にわたって祭司の職務を果たしてきたレビの子孫よりも偉大な祭司です。メルキデゼクは「いと高き神の祭司」として登場し、アブラハムを祝福することによって、アブラハムとレビの子孫よりも偉大な神の僕であることを明らかに示しました。(創世記14:17ー20、ヘブライ7:4ー10)
キリストは、メルキゼデクに似た「とこしえの祭司」です。 この御方を通して神に近づく人々にとって、次の御言葉は永遠に真実です。
「もし、神が私たちの味方であるならば、だれが私たちに敵対できますか。」(ローマ8:31)