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『力ある杖』(詩編110編.2) 10/17/2004

 「主は、あなたの力ある杖をシオンから伸ばされる。
                  敵のただ中で支配せよ。」(2節)

 王の杖は軍馬を動かし、キリストの「杖」は人の心を動かします。軍馬を動かす主の権力の前で、キリストの権威や力は表面的には頼りないものと見えるでしょう。実際、エルサレムから始まった福音宣教は、自滅する可能性が高いものと見えました。(使徒5:38)そして、その指導者たちも、取るに足らない「無学な普通の人々」と見えました。(使徒4:13)しかし、どのような脅しも彼らの心を翻すことは出来ませんでした。「わたしたちは見たことや聞いたことを話さないでいられないのです。」(使徒4:13)

キリストの「力ある杖」は、驚くほどに強く使徒たちの心を治めていたのです。

 軍事的、政治的、経済的な力を動かして戦う事しか知らない人々には、教会は何の武器を持たない集団に見えたに違いありません。しかし、教会の頭であるキリストの手には、「力ある杖」が握られています。その杖は、「鉄の杖」であって、キリストは「陶工が器を砕くように」人々の心を砕いて治めるのです。

 力ある杖によって治められる者たちは、進んでキリストを迎えました。(3節)そして、喜んでキリストに自分の身体をささげ、キリストのくびきを負い、自分の十字架を負って、キリストに従っていきました。彼らを通して、「力ある杖」は伸ばされていったのです。狼の中に遣わされた羊のように弱々しい者たちでしたが、キリストの「力ある杖」で治められる時には、キリストに用いられる強い者たちでした。キリストは、彼らを通して「力ある杖」をシオン(エルサレム)から伸ばされたのです。

 「私たちは肉において歩んでいますが、肉に従って戦うのではありません。私たちの戦いの武器は肉のものではなく、神に由来する力であって要塞をも破壊するに足ります」

と、使徒パウロはコリント教会に書き送りました。(第一コリント10:4)

そのような武器の実態は、キリストの「力ある杖」によって治められたパウロ自身であり、教会自身です。