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『曙を呼び覚まそう』(詩編108編) 09/12/2004

 「わたしは曙を呼び覚まそう」(3節)

 信仰的な闇の中で、この詩編はうたわれています。人々は口々に絶望的な言葉を語っていることでしょう。しかし、「わたしの心は確かです」と、この詩編は始まります。この「確かな心」は、神がその人の内に新しく造ってくださった心です。それは、主に立ち帰る者たちに対して主が約束しておられた心です。(申命記30:1−6)この「確かな心」があるから、不信仰と絶望が迫る闇の中でも「わたしは賛美の歌をうたいます」(2節)、「曙を呼び覚まそう」とうたうのです。(3節)
 急に真昼のように、神の栄光が全地に輝くことはありません。周りが明るくなるのを待っている必要もありません。まず、自分の内に
「確かな心」を新しく造っていただくことから始めましょう。

 約束の地は神の所有です。
散り散りになった今でも、イスラエルとユダは主の民です。そして、周辺の民も主の御支配の下にあります。(8−10節)しかしながら、バビロン捕囚の時代にそのような主の契約を信じようとしたならば、人間的には途方にくれたことでしょう。約束の地へ導いてくれる人もなく、神からも見捨てられたように思われたからです。(11節、12節)
 

 しかし、信仰的にはここが始まりです。「人間の与える救い」を全く断念して、神にのみ信頼するからです。(13節)
「人間の与える救い」は、曙をもたらす力がありません。神のみに頼るとき、信仰者は強いのです。

 『わたしは弱さ、侮辱、窮乏、迫害、そして行き詰まりの状態にあっても、キリストのために満足しています。なぜなら、わたしは弱いときにこそ強いからです。』(第二コリント12:10)