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『メリバの水のほとりで・・・』(詩編106編 .8) 07/18/2004

「彼らは、メリバの水のほとりで主を怒らせた。彼らをかばったモーセは不幸を負った。」(32節)

 これは、エジプトを脱出してまもなく起きた出来事でした。(出エジプト17:1‐7、民数記20:1‐13)民は水を求めてモーセと争い、彼を石で打ち殺そうとするほどでした。そして、モーセは怒りのあまり、余計なことを口走ってしまいました。主はモーセに「あなたはその岩から彼らのために水を出し・・・水を飲ませるがよい」と命じられたのに、彼は「あなたたちのために水を出さねばならないのか」と憤ってしまったのです。(民数記20:6‐10)これは、モーセの罪とみなされました。彼は、このことのゆえに「この会衆をわたしが与える土地に導きいれることはできない」と宣告されました。(民数記20:12)そして、その御言葉は、40年の歳月を経て文字通り実行されたのです。(申命記32:48‐52)

 この出来事から、学ぶべきことがあります。

1)「人の怒りは神の義を実現しない・・」(ヤコブ1:20)
 この上ない謙遜と信仰の人であったモーセでさえ、怒りの中では神のご命令を心静かに聞くことができませんでした。怒る時、わたしたちは自分の正しさを奇妙に確信してしまいますが、大いに警戒しなければなりません。
 
怒りを遅くする人は知恵があります。

2)「人は自分の話したつまらない言葉についてもすべて、裁きの日には責任を問われる」(マタイ12:36)
 モーセの罪は、ある意味で実に小さなたった一言の罪です。確かに、主はその罪を赦してくださいましたが、その罪の責任を不問に付することはなさいませんでした。
主の赦しを大いに喜ぶべきです。しかし、自分の言動には責任が問われることを知らねばなりません。
 赦しを確信し、責任を自覚しつつ歩む人こそ、主と共に歩む人です。