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『その足台に向かって・・・』(詩編99編 .1) 03/07/2004

 「諸国の民よ、おののけ」「地よ、震えよ」と呼びかけるに先立って、信仰者自身がおののき、震えていなくてはなりません。(1節)そして、主なる神に対しておののき、震えれば震えるほどに信仰者の確かさや安心は増し加わります。強大な敵に四方を囲まれつつ、困難な外交関係を生き抜いたイスラエルの民にとって、主を恐れることが勇気と平安の道でした。大胆に「おののけ」「震えよ」と宣教するのも、先に自分たちが心から主を恐れなくては、到底本気で言えることではなかったでしょう。今も同様です。主を恐れることなくして、大胆に福音を伝えることはできません。

「その足台に向かってひれ伏せ。主は聖なる方。」(5節)

 「足台」とは、神殿のことです。すなわち、主は神殿にその御足を置かれるにすぎないのです。神殿の荘厳さに心を打たれた弟子たちは、今だ主を真実にあがめることを学んでいませんでした。(マルコ13:1‐2)自分たちと共におられるイエス・キリストが、神殿よりもはるかに高く大きな御方であることがわかっていなかったのです。十字架のキリストにひれ伏すことが、わたしたちの礼拝です。その時の弟子たちは、十字架のキリストを礼拝するには高すぎる所に立っていました。だから、キリストの高さや大きさが見えなかったのです。また、弟子たちの目は神殿の荘厳さを超えて、もっとはるかに高い所に注がれなければなりませんでした。キリストは、その神殿に御足を置いて、はるかに高く天に昇って行かれたのです。
 
主を礼拝するわたしたちは、キリストが昇って行かれた高みに目を注がなければなりません。
もっと低いところに立ち、もっと高い所に目を注ぐように努め続けましょう。

それが、わたしたちの礼拝です。