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『感謝をささげ、御名をたたえよ』(詩編100編 .2)
感謝したい時に感謝し、賛美したい時に賛美するのではありません。
この詩編では、感謝と賛美が命令されています。
「感謝の歌を歌って主の門に進み、賛美の歌を歌って主の庭に入れ。感謝をささげ、御名をたたえよ。」(4節)
感謝と賛美は、信仰者の義務です。この義務を怠る時、神とわたしたちとの関係は次第におかしなものになっていきます。与えられた恵みを忘れ、今の不足のみを問題とするようになるかもしれません。あるいは、自分の要求が満たされれば、神への熱意や関心を簡単に失ってしまうかもしれません。荒野の40年の旅を終えたイスラエルは、基本的には恩知らずでした。神は「ご自分のひとみのように」彼らを守ってくださいましたが、彼らは恵みを受けて「肥えると足でけった」のです。(申命記32:10、15)40年の荒野の生活は、イスラエルにとって大変な苦労だったと思います。しかし、その苦労自体が恵みであり、主のこの上なく尊い訓練だったのです。しかし、彼らはそれを悟らず、感謝することを忘れていました。彼らの悪い模範に倣わないようにしなければなりません。
信仰の模範を示した人物たちは、感謝と賛美の義務を大切にしていました。
ダビデは王国の基礎が固まった時、自分の苦労を忘れ、ただ「主が彼をイスラエルの王として揺るぎないものとされたこと」ことを悟りました。(歴代上14:2)
パウロも「神の恵みによって今日のわたしがあるのです」と書きました。(第一コリント15:10)
これは、彼らにとって事実そのものでした。神の恵みが彼らの一歩一歩に刻まれていることを、わたしたちも知っています。彼らはその事実をそのまま告白したに過ぎません。
わたしたちのここまでの歩みには、どんな事実が刻まれているのでしょうか。
わたしたちの歩みに刻まれた恵みの事実を良く悟り、感謝の義務を大切にして参りましょう。