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『主に養われる羊の群れ』(詩編100編 .1) 03/21/2004

 「全地よ、主に向かって喜びの叫びをあげよ。喜び祝い、
主に仕え、喜び祝って御前に進み出よ。」
(1、2節)

「喜び」が命じられています。
神を喜ぶ「喜び」は、
人にとっては自然なことではないからです。人が自然のままに放っておかれたなら、一生神を喜ぶことを知らないままに終わるでしょう。箴言はこう教えます。

「自分の心に依り頼む者は愚かだ。知恵によって歩む者は救われる。」(箴言28:26)

「知れ、主こそ神であると」と命じられています。(3節)
しかし、イスラエルの民は、そんなことは良く知っていると思っていたでしょう。また、祭りを盛大に祝いながら、自分たちは十分に喜んでいるとも思っていたことでしょう。(イザヤ1:2‐17)しかし、それは、神が命じておられるような「喜び」ではありませんでした。彼らは神のもとから迷い出て、「失われた羊」や「放蕩息子」のように喜んでいたのです。
 しかし、
キリストは、わたしたちの自由をキリストにおささげすることこそ喜びの道であると教えてくださいました。(マタイ11:29‐30、マルコ9:34‐35、ヨハネ12:25‐26)これは人間にとって決して特別なことではなく、「主のもの」を主にお返しするだけのことです。(3節)

 荒野の雑草に養われても、このことは分かりません。主の牧場で、主に養われなければ、このことが分かるようにはなりません。
 
正しい養いが必要です。
本当に神を喜ぶために、主の養いを忠実に求めて参りましょう。

「知れ、主こそ神であると。
主はわたしたちを造られた。
わたしたちは主のもの、その民、主に養われる羊の群れ。」