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『なつめやし、レバノンの杉のように (詩編92編 .2)』
神に逆らう者は「野の草」「花」にたとえられ、神に従う人は「なつめやし」「レバノンの杉」にたとえられています。(8、13節)
「野の草」「花」と「なつめやし」「レバノンの杉」の違いは、成長の速度です。野の草がどんどん茂り、花が次々と咲き誇る時に、なつめやしは実も結ばず、レバノンの杉も大した変化もないように見えることでしょう。一年や二年で立派に成長するようなものではないからです。「なつめやし」は、一本の木におびただしい数の甘い食用の実をつけることで知られています。「レバノンの杉」は高地にのみ生育し、堅くて真っ直ぐな大木となり、最高の建築用材として知られています。しかし、なつめやしやレバノンの杉の成長はたいへん遅いのです。この成長の速度の差は深刻です。
このような成長の速度の差に欺かれないことこそ、「どのような財宝も比べることのできない知恵」の一つでしょう。(箴言8:10‐11)
「神に逆らう者が興ると人は身を隠し」ます。(箴言28:28)しかし、身を隠さず、彼らの繁栄に欺かれない人とは誰でしょうか。神に従う人です。(11‐12節)
「神に従う人は彼らの滅びるさまを見るであろう。」(箴言29:16)
神に従う人が植えられて、茂る場所は、世ではありません。
「主の家に植えられ、わたしたちの神の庭に茂ります。」(14節)
神に逆らう者にとって、この世以外の場所に希望はありません。老いるということは、滅びへの序曲のようなものでしょう。しかし、神に従う人はそこからです。(15、16節)