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『生涯の日を正しく数える (詩編90編 .2)』 11/09/2003

 人生には必ず終わりが来ます。
神は、人を塵に返し「人の子よ、帰れ」と仰せになるからです。(3節)また、人生は驚くほど短いのです。「千年といえども御目には昨日が今日へと移る夜の一時にすぎません。」(4節)さらに、人生ははかなく移ろいます。それは、「眠りの中に漂う」ことや「草の移ろい」にたとえられます。(5、6節)しかも、それは神の御怒りの下にあります。(7−9節)これらの認識は、確かに信仰者だけのものではありません。誰でも人生には終わりがあることを知っています。また、その短さやはかなさをしばしば歌います。さらに、何か不幸に直面すると、よく知りもしない神々の怒りを考えます。しかし、そのような認識が長続きすることはほとんどありません。人間は忘れるからです。そして、この世に永遠の住まいを築くかのように進んでいきます。

 「生涯の日々を正しく数えるように教えてください。」(12節)
人生の短さや移ろいやすさを知ることに何の意味があるのでしょうか。人間的な感情からすれば、生涯の日々を正しく数えて、この人生のはかなさを知ることは喜ばしいことではありません。しかし、この人生を通過して行くべきところがあるなら、話は別です。
 
この生涯が「御怒りのうちに消え去り」「ため息のように消えうせ」「瞬く間に時が過ぎ、わたしたちは飛び去る」としても、悲しむには及びません。(9、10節)
主が「わたしたちの代々に宿るところ」です。(1節)

 キリストの贖いのみを全霊をもって抱きしめて、とこしえの神に目を向けましょう。そして、人間的な感覚によって未来を判断することなく、神の裁きに依り頼むことを学んで参りましょう。