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『主の慈しみをとこしえに・・・(詩編89編 .1)』 09/28/2003

 「主の慈しみをとこしえに歌います。」(2節)
この詩編の背景は、厳しい試練です。(39−46節)厳しい試練の中で、「主の慈しみを・・・歌う」ことが、ぜひとも必要です。試練の中で、どれほど自分が主の正しさに反しており、主の怒りに価するかを知ることは大切ですが、主の怒りに心を奪われたなら、祈れなくなります。試練が厳しければ厳しいほど、「主の慈しみ」に目を注がなければなりません。この信仰者は、「とこしえに歌う」ほどの「主の慈しみ」に心を向けて祈っています。神の武具を身につけて祈る人とは、このような人のことではないでしょうか。(参考 エフェソ6:10−17)このような祈りは信仰の戦いです。

「天にはとこしえに慈しみが備えられ、
あなたのまことがそこに立てられますように。」
(3節)
 「主の慈しみ」が備えられる所は、「天」です。そこには、主の王座があります。そして、その王座はいかなるものによっても、揺るがされることがありません。(参考 詩編2編)
地上の範囲内のことにしか目が注がれていないなら、試練の中でわたしたちは「主の慈しみ」を見失うでしょう。

 父なる神の右に、キリストが座しておられます。この御方の慈しみに目を注ぎつつ祈りましょう。そうすれば、「とこしえに歌う」ほどの「主の慈しみ」を見出すことができます。

 どのような種類の試練に苦しもうとも、信仰者はここから目を離してはなりません。ここから目を離さないなら、いかなる時にも神を喜ぶことができるでしょう。