<< Prev.
Top
Next >>

『今、わたしに親しいのは・・・(詩編88編)』 09/21/2003

 この信仰者の苦しみと悲しみは、極めて深刻です。
「苦難を味わい尽くし・・」
「命は陰府にのぞんで・・」
「愛する者も友も・・わたしから遠ざけられて
」しまったからです。(4、19節)
絶望寸前の所を歩んでいるように見えます。そして、この詩編は次の言葉によって結ばれています。
「今、わたしに親しいのは暗闇だけです。」(19節)一見何の希望もないように思えますが、これもまた希望の詩編です。

この詩編の信仰者は、苦難の中で次のように祈ります。
1)
「主よ、わたしを救って下さる神よ。・・・」(2節)
 神の御名を呼ぶことから祈り始めています。現在の状況は何であれ、神は「わたしを救ってくださる神」だと信じて御名を呼びます。心が悲しみや嘆きに支配されてしまわないように戦っているのです。
2)
「・・・御前におります。」「・・・御前に向かいます。」(2、14節)
 悲しみや嘆きを神の御前に注ぎだしています。神の御前で悲しむなら、その悲しみは空しくありません。(参考マタイ5:4、黙示録21章)
3)
「昼は助けを求めて叫び、夜も御前におります。」「来る日も来る日も、主よ、あなたを呼び・・・」「朝ごとに祈りは御前に向かいます」(2、10、14節) 祈りを決してやめません。祈ることに努めているのです。

 この詩編は、わたしたちに希望の道を教えています。「今、わたしに親しいのは暗闇だけ」だとしても、永遠に続くわけではありません。(19節)「今」だけです。

祈りをやめない限り、希望があります。