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『神の都よ、・・・(詩編87編)』
「神の都よ、あなたの栄光について人々は語る。」(3節)
神の都の栄光は、かつての敵たちがそこに属する者となることです。
神を知る者の名と共に「ラハブ(エジプト)」「バビロン」「ペリシテ」「ティルス」「クシュ」の名が挙げられるのです。(4節)
「シオンについて、人々は言うであろう。この人もかの人もこの都で生まれた、と。」(4節)神の都の栄光は、真の平和です。しかし、現実の歴史はそれとは反対の方向に向かっているように思われます。キリストも世の終わりに向かって「民は民に、国は国に敵対して立ち上がり・・・」(マタイ24:7)と言われました。その意味では、現実の歴史と神の都の栄光との間には深刻な溝があると言わざるをえません。
「いと高き神御自身がこれを固く定められる。」(5節)
その溝は、信仰による以外に埋めることのできないものです。
神の都の建設は、徹頭徹尾神の御業だからです。この詩編の中で繰り返されている御言葉は「この都で生まれた」という御言葉です。(4、5、6節)
聖霊の自由な恵みによってのみ、新しく生まれて「神の国を見ること」も「神の国に入ること」もできるようになるでしょう。(参考ヨハネ3:1‐8)
神の都の栄光は、信仰によってしか確信して喜ぶことのできない希望です。また、信仰によってしか確認して安心することのできない事実です。(ヘブライ11:1)
この都は、敵であった者たちが共に住めるほど広い場所です。
神の恵みがその広さの源です。この栄光は今のところは人の罪によって隠されていますが、やがてその全貌が明らかになるでしょう。
この栄光の希望を確信し、その事実を確認するように歩んで参りましょう。
「人々は諸国の民の栄光と誉れとを携えて都に来る。」(黙示録21:26)