| << Prev. |
『いかに幸いなことでしょう (詩編84編 .2)』
「あなたの庭で過ごす一日は千日にもまさる恵みです。」(11節)
「あなたの庭」は、この信仰者に許された礼拝の場所です。神殿の奥の聖所は、彼の立ち入ることのできない場所です。彼は、神殿の庭で満足し、そこで過ごす一日を求めます。多くの人は、理由もなく長生きを求めますが、彼は神と共に生きる一日を求めているのです。
「主に逆らう者の天幕で長らえるよりは、わたしの神の家の門口に立っているのを選びます。」(11節)
この信仰者は、この世での何らかの成功や栄光を手にするよりも、いかなる身分や地位であれ、神の民の間で生きることを求めています。このような人生観を持って生きるなら、人はどんな地位や身分においても、あるいはどんな境遇の中でも、自分に対する確信をもって生きることができるでしょう。実に単純で力強い人生観です。
このような人生観の背後にあるのは、神の御前にへりくだる姿勢です。神が定めたもうままに、神の恵みを受けて、神と共に生きようと求めているのです。わたしたちが神を見失うのは、このような謙遜の姿勢を失う時ではないでしょうか。
「万軍の主よ、あなたに依り頼む人はいかに幸いなことでしょう。」(13節)今のところ「あなたの庭で過ごす一日」を慕うのみです。「神の家の門口」に立つことさえもできません。主の恵みを慕いながらも、恵みが十分ではないのです。
しかし、神の恵みを慕うことにおいて主に依り頼んでいます。
そして、謙遜の姿勢に忍耐を付け加えることによって、彼は言います。
「いかに幸いなことでしょう。」