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『主の庭を慕って・・、広い道を・・(詩編84編)』 08/03/2003

「万軍の主よ、あなたのいますところは、
どれほど愛されていることでしょう。」
(2節)

 この信仰者が慕っているのは、神殿の中にある「主の庭」であり、「祭壇」です。(3−4節)主を礼拝しつつ主と共に生きるために、主が与えてくださった恵みの手段を慕っているのです。主が与えてくださるままに、主の恵みを受けて、主と共に生きようとする謙遜な信仰を、ここに見ることができます。

 この詩編は、ダビデの信仰を表しているもののように思います。サウル王はこの謙遜な信仰に留まることができませんでした。主がお定めになったことを超えて、祭司の職務を果たそうとしたのです。(サムエル上13:8−15)それに対して、ダビデ王は信仰においても地位においても申し分のない王でしたが、自分の分を超えて、それ以上に立ち入ることは望まず、「主の庭」で満足しました。そして、高級な宮殿を持っていたにもかかわらず、「祭壇」に巣を作る「つばめ」に憧れたのです。(4−5節)

 また、主の恵みの手段を慕い求めつつ、主と共に生きようとする人にとって、主の戒めは不自由な狭い道ではありません。
 反対に自分の知恵と力にこだわって、主の恵みに対してへりくだること知らない人にとって、主の戒めは窮屈な道と思われることでしょう。サウル王にとっては、神の定めに徹頭徹尾従うなど窮屈極まりないことであったに違いません。
 しかし、
自分の罪と弱さを熟知するダビデにとっては、主の恵みに支えられて主に従うことこそ、広々として幸いな道であったことでしょう。

「いかに幸いなことでしょう。
あなたによって勇気を出し、心に広い道を見ている人は。」
(6節)