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『あなたこそ恐るべき方 (詩編76編 .2)』
「あなたこそ、恐るべき方。怒りを発せられるとき、誰が御前に立ちえよう。」(8節)
神が「怒りを発せられるとき」を待つことなく、
神を恐れることを学ばなければなりません。
これこそ、第一に学ばなければならないことです。
「主を畏れることは、知恵のはじめ」です。(箴言1:7)
これを学んでこそ、信仰者の心は定まり、その生き方の全体が安定するようになるでしょう。(ヤコブ1:8)怠る者は、奇妙な自信を持ちます。(箴言26:16)
しかし、その一方で惨めな不安が心から去りません。(箴言26:13、22:13)
この詩編の信仰者は、神が「怒りを発せられるとき」を待たずして、神を何よりも恐れることを学んでいます。すべてを神の御手の内にあるものとして見ているのです。どんなに人の勢いと怒りが激しくても、あくまで神が行動を起こされる時までのことにすぎないことを見ています。(5‐11節)
権力を持ち、活力にあふれた「支配者の霊」も、神の御手の内にあります。(13節)これを見ていたからこそ、後の時代に生きたパウロも、「王たちやすべての高官たちのために」祈るように命じたのでしょう。そして、それは支配者たちのためというよりも、信仰者たちが「常に信心と品位を保ち、平穏で、落ち着いた生活を送るため」でした。(第一テモテ2:1‐3) 神のみを恐れて人を恐れず、人の権威を認めつつも、彼らが神の御手の内にあることを見失わないで祈り続けるように求めたのです。
神のみを恐れて、すべての人々のために祈りましょう。