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『しかし神よ、・・・(詩編74編 .3)』 03/30/2003

 神に近づく人が信じていなければならないことが二つあります。
その一つは、
「神が存在しておられる」ということです。(ヘブライ11:6)
この詩編の背景となっている状況は、あらゆる点から考えて、「神が存在しておられる」と信じる上で、最悪の状況です。(3?9節)それにもかかわらず、この詩編の信仰者は、神の存在を堅く信じています。そして、その上で「右の御手は、ふところにいれられたまま」であると理解しているのです。(11節)
 神は、彼が期待するような行動をとってはおられませんが、確かに存在しておられます。
それゆえ、彼は確信を持って神に近づいて祈ります。

 神に近づく人が信じていなければならない第二のことは、「神を求める者たちに、神が報いてくださる」ということです。(ヘブライ11:6) 神の良き報いがほとんど見えなくなっている困難な時でした。しかし、この詩編の信仰者は、目を聖書の啓示に向けます。(12‐17節)そこには、「この地に救いの御業を果たされる方」の証が満ちあふれていました。一言で言えば、「しかし神よ、・・・」と言えたことに、この詩編の幸いがあります。
この「しかし」が言えるかどうかが、信仰の分かれ目です。
神の愛が見えにくい現実の中で、神の啓示に目を向けて、「神を求める者たちに、神が報いてくださる」との確信を新しくしたのです。

 それゆえ、彼は神の報いを信じて神に近づき、自分のことではなく神のことを求めて祈っています。(18‐23節)

「御名があがめられますように」と真実に祈る幸いな人がここにいます。