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『神よ、なぜあなたは・・・(詩編74編)』
祈りに始まり、祈りに終わる詩編が数多くあります。この詩編もそうです。
「神よ、なぜあなたは・・永遠に突き離してしまわれたのですか。」(1節)
「なぜ手を引いてしまわれたのですか、右の御手は、ふところにいれられたまま。」(11節)
深刻な問いをもって始まっています。そして、願いの祈りをもって終わります。(18‐23節)試練をもたらしている事態が、全面的な解決を見たわけではありません。
しかし、主を真実に信じて祈ることができたなら、信仰者はすでに解決を得たと言えます。
試練の中で、祈り続けるためには「知恵」を求めなければなりません。
その「知恵」は、試練の中で「あくまでも忍耐する」ために必要なものです。(ヤコブ1:4‐5)この「知恵」とは、神を知る知恵です。
神は決して「突き放して」おられるわけでもなく、「手を引いてしまわれた」わけでもなく、わたしを愛し、わたしに報いようとしておられると知る知恵です。また、それは、神の与えたもう答えを見分ける知恵です。これがなくては、祈ることができません。
そして、真に祈ることができたなら、その信仰者は試練の中にあっても忍耐して喜ぶことができるでしょう。そのようにして、信仰者の生き方を安定させて、完全で申し分のない者へと成長させて下さるのが、神のご計画です。(ヤコブ1:2‐8)
まず「知恵」を求めて祈り、あくまで忍耐しつつ祈り続けましょう。
そこに信仰の解決があります。