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『あなたが右の手を取ってくださるので(詩編73編 .3)』 03/02/2003

 後悔と悔い改めは似ていますが、まったく違います。
 イエス様を裏切ったユダは、自分の罪を後悔して神を離れ去りました。(マタイ27:4?5)反対に、自分の罪を悔い改めた放蕩息子は急いで父なる神のもとへ帰って行きました。(ルカ15:17‐20)この詩編の信仰者も同様です。
痛烈に自分の罪を自覚しましたが、神から離れ去ることはありませんでした。(21-23節)神が「右の手を取ってくださるので」、この違いが生じています。(23節)そして、「常に・・御もとにとどまることができる」ようにしてくださったのです。(23節)
罪を知る時に、ユダのように行動する方が自然でしょう。

 罪を知って後悔するだけなら、苦痛と絶望の他にありません。人知で計り知ることのできない主の恵みが悔い改めを人にもたらします。悔い改めは福音的な恵みです。 

 そして、悔い改めて神に立ち返る人は、いかなる状況においても自分の未来に対して明るい希望を持ち続けます。自分に対する神の御計画と御導きを信頼するからです。
「あなたは御計らいに従ってわたしを導き、後には栄光のうちにわたしを取られるであろう。」(24節)このような希望と忍耐にあふれた信仰の姿勢は、主の僕として歩んだすべての信仰者たちの中に見ることができるものです。

 いかなる時にも希望と忍耐をもって歩むために、後悔ではなく悔い改めを祈り求めて参りましょう。