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『わたしを恥としませんように。(詩編69編続き)』
「万軍の主、わたしの神よ、あなたに望みを置く人がわたしを恥としませんように。イスラエルの神よ、あなたを求める人がわたしを屈辱としませんように。」(7節)
この祈りはダビデだけではなく、イエス様のお祈りでもあります。
十字架のイエスを弟子たちでさえ恥じたからです。あの時、弟子たちは何を恥じたのでしょうか。目前の結果があまりにも悪すぎたのです。結果によって、神の祝福や栄光を計るのが人間の常です。あの時の弟子たちには、人間の自然の感情をはねのけるだけの信仰も知識もありませんでした。
しかし、「神殿への熱情に食い尽くされるほどの御方」が、そのまま終わるわけもありませんでした。(10節、参照ヨハネ2:17)
「神はこのイエスを死の苦しみから解放して、復活させられました。イエスが死に支配されたままでおられるなどということは、ありえなかったからです。」(使徒2:24)
しかし、それでも十字架のイエスの栄光が隠されていることは否定できません。
信仰によって確認することはできても、すべての人が無条件で認めるものとはなっていないのです。
それゆえ、主はわたしたちのために「・・・わたしを恥としませんように・・・わたしを屈辱としませんように」と祈ってくださいます。(7節)
恐れ多いことですが、この祈りがわたしたちには必要です。