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『主によって誇ります(詩編64編)』 11/10/2002

 この詩編には、巧妙に悪を謀る者たちが登場します。
彼らは「鋭い剣のような舌」や「毒を含む言葉」によって自分の手を汚すことなく、巧妙に悪事を働きます。(4‐7節)
キリストを十字架につけた者たちも、そのような者たちでした。

 しかし、その巧妙さが神に通用することはありませんでした。うまくやったつもりだったでしょうが、イエス様を十字架につけた者たちの巧妙さは、今や愚かさと恥辱でしかありません。
神からの報いを考えることのない巧妙さは、不幸と恥辱を招くのみです。(8‐10節)
神に対して通用する巧妙さなどありません。
神から良い報いを受けて歩もうと思うならば、まっすぐに神に心を向けるしかありません。
たとえ、それが自分の罪を思い知らされることであったとしても、その人は、神の働きを認め、神の御業に目覚めて、神を讃美し、神を誇りとすることでしょう。

「心のまっすぐな人は皆、主によって誇ります。」(11節)