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『目を覚まして祈る(詩編60編)』 10/06/2002

 目を覚まして祈るとは、どういうことでしょうか。
ダビデは、神に対して目を覚ましていたので、神の御顔にどんな表情が浮かんでいるかを見失いませんでした。そして、たとえそれが神の恐ろしい怒りであっても、それを直視しました。(3‐5節)

 さらに、神の怒りだけに心を奪われず、怒りの背後にある神の御旨を見分けました。
神の怒りは「警告」であって、滅ぼすではなく、救うことが神の御旨だと知りました。(6節) 
そして、神の愛と約束に信頼したのです。(7‐10節)

 最後に、ただ神のみに信頼を寄せて、祈っています。(11‐14節)
この詩編の祈りの中に、目を覚まして祈る人の模範を見ることができます。彼は、目を覚まして、神の御顔を信仰によって仰ぎ、神の御旨を見分け、ただ神のみに信頼して祈りました。

これこそ、神と顔と顔を合わせて語り合う祈りです。