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『神は、全地の王(詩編47編)』
「主は・・全地に君臨される偉大な王」(3節) この詩編は、神の絶対的な王権を、力強く讃えています。しかし、それはすべての人の目に明らかになっていたわけではありませんでした。
この詩編の信仰者はその王権をどのようにして見ることができたのでしょうか。
信仰によって見ていたでしょう。(参考ヘブライ11:1) 神はご自身を啓示されると同時に、隠しておられるからです。わたしたちの主は、「まことに・・ご自分を隠される神」です。(イザヤ書45:15) また、主は人のような仕方では君臨されません。人は、人々の上に権力をふるうことによって君臨しようとします。しかし、わたしたちの主は、人々を救うことによって、君臨されます。(マルコ10:42−45) このような王が「全地に君臨しておられる」という事実を、信仰によらずに確認することなどできません。
しかし、神は、いつまでもご自分を隠しておられるわけではありません。
やがて信仰の有無にかかわらず、すべての人が主の大いなる力と栄光を「見る」時が来ます。(マルコ13:26)
神の啓示を信じることにとって神の栄光と力を知り、一切のためらいを捨てて力強く讃美しましょう。
昔も今も、永遠に「神は、全地の王」(8節)です。