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「主の慈しみに生きる人」 (詩編149編.5)07/01/2007

 「口には神をあがめる歌があり、手には両刃(もろは)の剣を持つ。」
(6節)

 信仰の武器は、御言葉です。それは「両刃の剣」にたとえられます。
「神の言葉は生きており、力を発揮し、どんな両刃の剣よりも鋭く、精神と霊、関節と骨髄とを切り離すほどに刺し通して、心の思いや考えを見分けることができる・・・。」(ヘブライ4:12)
また、それは驚くべき力を秘めており、
「理屈を打ち破り、神の知識に逆らうあらゆる高慢を打ち倒し、あらゆる思惑をとりこにしてキリストに従わせる」
ことのできる武器です。(第二コリント10:4−5)
実際、囚人パウロが語る御言葉は、総督フェリクスに恐れを抱かせました。その時はどちらが囚人なのか、立場が逆転したかのようでした。(使徒24:24−25)また、パウロの語る短い言葉は、アグリッパ王を追いつめて、こう言わせました。
「短い時間でわたしを説き伏せてキリスト信者にしてしまうつもりか。」
(使徒26:28)

「手に両刃の剣を持つ」人は、「口には神をあがめる歌」があります。パウロもそうでした。彼は、無実の罪で鞭打たれて投獄された奥の牢の中で、足枷をはめられながらも、「賛美の歌」をうたって神に祈っていました。(使徒16:25)状況は過酷なほどに厳しく、どんなチャンスでも逃してはならないもののように見えました。しかし、彼は慌てることなく、チャンスにも飛びつかず、ただ主に従い、主の栄光にふさわしく行動して救い出されました。(使徒16:25−40)

目の前の状況いかに圧倒的なものであれ、主はそれよりもはるかに偉大な御方です。主を讃美せず、主を小さな御方のように見なしてしまう高ぶりがわたしたちの内にひそんでいるなら、両刃の剣によってそのように戦うことはできないでしょう。
いかなる時にも主を讃美しつつ、両刃の剣によって戦うことを習い覚えましょう。

「口には神をあがめる歌があり、手には両刃の剣を持つ。」(6節)
「これは主の慈しみに生きる人の光栄。」(9節 )