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「喜び祝い・・・喜び躍れ」 (詩編149.2編)06/03/2007

「イスラエルはその造り主によって喜び祝い・・・」
節 )

 陶工が粘土をどのように形作ろうとも、粘土は陶工に向かって、決して文句を言ったりしません。「粘土が陶工に言うだろうか。『何をしているのか。あなたの作ったものに取っ手がない』などと。」(イザヤ45:9)しかし、人間は、文句を言ったり不平を抱いたりする粘土のようです。

 造り主を信じるわたしたちは、そのような文句や不平を越えて進みましょう。たとえ、わたしたちが人から認められず、自分で自分を認めることさえ難しいとしても、神はわたしたちを認めてくださいます。一人一人を、御自分の体の一部のように認めてくださいます。
「体の中でほかよりも弱く見える部分が必要なのです。」(第一コリント12:22)
教会も、神の御心に従うことを学べば学ぶほど、そのようにお互いを認め合うように成長していくことでしょう。造り主によって喜び祝うのです。

  「シオンの子らはその王によって喜び躍れ。」
(2節)

 日々の生活において、これらの喜びを学び続けましょう。造り主なる神によって、お互いを喜び祝いましょう。ほかよりも欠けていようが弱かろうが、喜び祝うための障害にしてはなりません。また、王なる神によって喜び躍りましょう。わたしたちは弱く愚かで力不足でも、共におられる王はそうではありません。

「イスラエルはその造り主によって喜び祝い、
シオンの子らはその王によって喜び躍れ。」
(2節)

「主において常に喜びなさい。
重ねて言います。
喜びなさい。

フィリピ4:4