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「このように計らわれたことはない」 (詩編147編.2)
「エルサレムよ、主をほめたたえよ。
シオンよ、あなたの神を賛美せよ。
主はあなたの城門のかんぬきを堅固にし、
あなたの中に住む子らを祝福してくださる。
あなたの国境に平和を置き、あなたを最良の小麦に飽かせてくださる。」
( 12、14 節 )
平和と安全と繁栄をもたらしてくださるのは、主です。しかし、主の民は、しばしばそのことを忘れました。「エシュルン(イスラエルのこと)はしかし、肥えると足でけった。お前は太ると、かたくなになり、造り主なる神を捨て、救いの岩を侮った。」(申命記32:15)このような忘恩が繰り返されないように、わたしたちは主を賛美しなければなりません。捕囚から帰還した民がエルサレムの城壁を再建した時、彼らは主を賛美するために力を尽くしました。(ネヘミヤ12:27−43 )
「主は仰せを地に遣わされる。御言葉は速やかに走る。」
(18節)
人間の力ではどうしようもない厳しい自然現象も、主の御業です。主は仰せを地に遣わして、「羊の毛のような雪を降らせ、灰のような霜をまき散らし、氷塊(ひょうかい)をパン屑(くず)のように投げられる。」(10、11節)また、それを祝福に変えられるのも、主の御業です。「御言葉を遣わされれば、それは溶け、息を吹きかけられれば、流れる水となる。」(18節)あらゆる自然現象と歴史の展開の背後には、主のご命令があります。それらは隠された御言葉であり、人間の理解を超えて「速やかに走る」のです 。
「主はヤコブに御言葉を、イスラエルに掟と裁きを告げられる。
どの国に対してもこのように計らわれたことはない。」
(
19、20 節)
聖書の御言葉は人間に啓示されたものであり、速やかに走ることはありません。それに聞き従う者には祝福を約束し、聞き従わない者には呪いを宣告して、その実りを待っています。
「隠されている事柄は、我らの神、主のもとにある。
しかし、啓示されたことは、我々と我々の子孫のもとにとこしえに託されており、
この律法の言葉をすべて行うことである。」(申命記29:28)
「見よ、わたしは今日、命と幸い、死と災いをあなたの前に置く。」
(申命記30:15)