| << Prev. |
「あなたの統治は代々に」 (詩編145編.5)
「あなたの主権はとこしえの主権、あなたの統治は代々に。」
(13節 )
もし、わたしたちが、完全な信仰を持ちながらこの世界とその歴史を見ることができるなら、神の主権と統治が及ばない瞬間も場所も全くないことを発見することでしょう。しかし、それが「見えない」ということが、わたしたちの出発点です。「見えるようになるために、目に塗る薬を買うがよい。」(黙示録3:18)
「主は倒れようとする人をひとりひとり支え、
うずくまっている人を起こしてくださいます。」
(14節 )
信仰の有無にかかわらず、あるいは善人悪人の別にもかかわらず、すべての人々に対して、神はこのようになさいます。罪を犯したアダムとエバは、決して見捨てられることなく、皮の衣を与えられ、子孫を与えられました。「わたしは主によって男子を得た。」(創世記4:1)また、アベルを殺したカインは、自分の罪に圧倒されてしまいそうでしたが、神が彼を支えて、起こしてくださいました。「・・カインを殺す者は、だれであれ七倍の復讐を受けるであろう。」(創世記4:15)その恵みに支えられて、カインは町を建設し、子孫を与えられ、繁栄をも得ることになります。(創世記4章)
「ものみながあなたに目を注いで待ち望むと、あなたはときに応じて食べ物をくださいます。すべて命あるものに向かって御手を開き、望みを満足させてくださいます。」 (15、16節 )
全被造物が、神の主権と統治の下にあります。空の鳥が、日々食べ物を得ることができるのは、「天の父が養ってくださる」からです。(マタイ6:26)しかも、その統治は、その一羽一羽にまで及んでいます。(マタイ10:29)しかし、この世界は闇です。他のあらゆることはよく見えたとしても、すべての被造物が神の恵み深い主権と統治の下にあるということだけは、全く見えません。ただ、キリストを主と呼んで仰ぐ者たちだけが、神の恵み深い主権と統治を照らす光を持つのです。
「光は暗闇の中で輝いている。」(ヨハネ1:5)
「その光は、まことの光で、世に来てすべての人を照らすのである。」
(ヨハネ1:9)