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「わたしは歌います」 (詩編145編.2)02/25/2007

「人々が代々に御業をほめたたえ、
力強い御業を告げ知らせますように。」

(1ー2節 )

 「(主の)御業をほめたたえ」、その御業を「力強い」と見ることのできる場所に常に立ち続けることこそ重要です。最初の人アダムが神のようになろうとして、神に背いて以来、人はその場所を見失ってしまいました。それゆえ、どんなに大きな御業を見ようとも、その讃美が長続きしません。出エジプトからカナン定着に至るまで、イスラエルは神の大いなる御業を次々と経験しました。しかし、こう伝えられています。
「ヨシュアの存命中はもとより、ヨシュアの死後も生き永らえて、主がイスラエルに行われた御業をことごとく体験した長老たちの存命中、イスラエルは主に仕えた。」
(ヨシュア24:31)
そして、
「その世代が皆絶えて先祖のもとに集められると、その後に、主を知らず、主がイスラエルに行われた御業も知らない別の世代が興った。」(士師記2:10)

  「主を知らず、主がイスラエルに行われた御業も知らない」とは、そのような知識がないということではありません。主に仕えた世代の者たちが、次の世代を教育しないということはありえません。(参照 申命記6:6−7、11:18−20、ヨシュア4:21−24)
  教育された知識はありました。しかし、主を讃美する場所に立ち続けることがなかったので、主のことがわからなくなったのです。すなわち、心から恐れることも、信頼することもできなくなりました。

 「あなたの輝き、栄光と威光、驚くべき御業をわたしは歌います。」(5節) 今の時代において、信仰者が立つべき場所ははっきりしています。十字架のキリストを讃美する場所です。ある人にはつまずきであり、他の人には愚かなものであるキリストを讃美せずにはいられない場所に立つように努めることです。それこそ信仰者が立ち続けるべき場所です。聖霊のお導きに謙虚に信頼して立つべき場所に立ち、見るべきものを見て、主の
「輝き。栄光と威光、驚くべき御業を」讃美しましょう。


「主を喜び祝うことこそ、あなたたちの力の源である。」(ネヘミヤ8:10)