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「主をたたえよ」 (詩編144編.1)
「主をたたえよ、わたしの岩を
わたしの手に闘うすべを、
指に戦するすべを教えてくださる方を・・・」 ( 1節 )
「主をたたえよ」これはダビデの生涯を貫く叫びでした。
人々は、ダビデを讃美しようとしました。
「サウルは千を討ち、ダビデは万を討った。」(サムエル上18:7)
しかし、彼がそのような讃美を楽しむことはなかったでしょう。
主こそ、ダビデを守り、支え、教え、成長させ、強くしてくださる御方でした。ゴリアテを倒し、勝利を重ねたのも、主の守りと教育によるものでした。(サムエル上17:34−38)人々は、ダビデの勝利や功績を讃えようとするかもしれません。
しかし、讃えるべきは、「わたしの岩」
「わたしの手に闘うすべを、指に戦するすべを教えてくださる方」
「わたしの支え、わたしの砦、砦の塔、わたしの逃れ場、わたしの盾、避けどころ、諸国の民をわたしに服従させてくださる方」
以外の誰でもありません。(1、2節)
自分を讃えられて不快に思う人はいないでしょうが、そのような讃美を楽しむには、主とダビデのつながりはあまりにも豊かで密接でした。主の恵みによってダビデがあるのです。
わたしではなく、「主をたたえよ」
「人間は息にも似たもの、彼の日々は消え去る影。」 (4節)
時が経過すれば、この真理は自ずと証明されます。しかし、神に背いて神のようになろうとして堕落した人間は、この真理を見失ってしまいました。神と向き合ってはじめて、心に刻まれる真理です。
神と共に歩む人々が自分の存在のはかなさを思い知りつつ、確かに歩むとしても何の不思議もありません。 自分は「息に似たもの」、自分の「日々は消え去る影」。
しかし、主は「わたしの岩」。
それゆえ、わたしは確かにここにある。
そして、確かに学ぶべきことを学び、行くべき道を行くのです。
わたしではなく、「主をたたえよ」