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「わたしの魂を枷(かせ)から引き出してください」 (詩編142編.2)12/10/2006

「わたしの魂を枷(かせ)から引き出してください。」 ( 8節 )

 このように祈る人は、まさに魂の不自由を味わっている人です。魂が牢獄の中に捕らわれ、身動きが取れなくなっているのでしょう。洞穴にいたダビデは、戦うために洞穴から出て行くことはできませんでした。迫害する者らは、「わたしより強いのです。」(7節)誰かが助けてくれるのを期待することもできません。「右に立ってくれる友もなく、逃れ場は失われ、命を助けようとしてくれる人もありません。」(5節)一言で言うなら、どうにもならないのです。しかし、ただ一つだけの自由があります。主への祈りです。
「主よ、あなたに向かって叫び、申します。『あなたはわたしの避けどころ、命あるものの地でわたしの分となってくださる方』と。」
(6節)

「あなたの御名に感謝することができますように。
主に従う人がわたしを冠としますように。

あなたがわたしに報いてくださいますように。」
(6節)

 ダビデは、ただ単純にこの窮地から救い出されることを祈っているのではありません。主に従う正しい人々がダビデの周りに集まって、与えられた恵みの栄誉を認めてくれるような救いを願っています。それゆえ、与えられる救いは、主の御旨を傷つけるような仕方で受けてはならないのです。
「このようなことをするのを、主は決して許されない。彼は主が油を注がれた方なのだ。」
(サムエル上24:7)

 もしダビデの魂が枷(かせ)から自由にされていなかったなら、ダビデは千載(せんざい)一遇(いちぐう)のチャンスとばかりにサウル王を洞穴の中で殺していたでしょう。そして、確かにその迫害から救われ、人々は彼の周りに集まって喜んだにちがいありません。しかし、主に従う正しい人々が、彼の周りに集まって、彼を冠とすることはなかったでしょう。誰彼かまわずダビデの周りに集まって、危機が去ったのを喜ぶのみです。魂の自由を求め、神の栄光にふさわしい救いを求めましょう。

「わたしの魂を枷(かせ)から引き出してください。
     ・・主に従う人がわたしを冠としますように。」
(8節)