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「主に向かって叫び・・・御前に注ぎ出し」 (詩編142編.1)12/03/2006

「マスキール。ダビデの詩。ダビデが洞穴にいたとき。祈り。」( 1節 )

 サウル王は「イスラエルの全軍からえりすぐった三千の兵」を率いており、ダビデは自分の親族や「困窮している者、負債のある者、不満のある者」から成る四百名ほどの者たちの頭領となっていました。(サムエル上22:1−2)ダビデに従ってきた者たちは、必死で彼に淡い期待をかけていたにちがいありません。彼こそ、「サウルは千を討ち、ダビデは万を討った」と歌われた人物なのです。(サムエル上18:7)しかし、ダビデ自身は、どうすればよいかわからないままに、洞穴に隠れていました。人に頼られることはあっても、頼るべき人もいないままに。

声をあげ、主に向かって叫び、声をあげ、
主に向かって憐れみを求めよう。
御前にわたしの悩みを注ぎ出し、御前に苦しみを訴えよう。」
(2、3節)

 もし少しでも人に頼る思いがあり、同情を求めようとしたなら、耐えられなかったでしょう。そのとき、頭領であるダビデが四百名の者たちに頼り、同情を求めたとしたら、誰が応じることができたでしょうか。ダビデは人にではなく、「主に向かって叫び」ました。人にではなく、「主に向かって憐れみを求め」ました。
  さらに、人前ではなく「御前にわたしの悩みを注ぎ出し、御前に苦しみを訴え」ました。

「目を注いで御覧ください。右に立ってくれる友もなく、
逃れ場は失われ、命を助けようとしてくれる人もありません」
(5節)

 もし、このようなことを人に向かって語ったなら、ダビデの惨めな愚痴のように受けとめられ、人々は決してそれを認めなかったでしょう。
  しかし、「主に向かって」叫び、「御前で」訴えるなら、それは真実な祈りです。主はそのような祈りを喜んで受け入れてくださいます。このように祈らなければならない時もあるかもしれません。

その時には、人に頼らず、人の同情を求めずに祈ることを学びましょう。