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「悪に傾くのを許さないでください」 (詩編141編.2)
「わたしの心が悪に傾くのを許さないでください。」 ( 4節 )
自分の心がどんなに悪に傾きやすいかを知っているから、このように祈っているのでしょう。
「悪を行う者らと共にあなたに逆らって悪事を重ねることのありませんように。」(4節)
悪を行う者たちと自分が同じ世界に住んでいて、行動を共にする可能性があると自覚しています。あるいは、知らないうちに行動を共にしているかもしれないと恐れているのです。
「彼らの与える好餌(こうじ)(すぐ食いつきたくなるような、うまいえさ)にいざなわれることがありませんように。」(4節)
悪の魅力を知っています。また、悪の罠(わな)が、自分の道に仕掛けられていると知っています。
「わたしに対して仕掛けられた罠(わな)に、悪を行う者が掘った落とし穴に陥りませんように。」(9節)
神に従って献身している者であるからこそ、自分のすぐ近くにいつも悪があることを知っているのです。
使徒パウロもまた、悪が自分のすぐ近くにあることを自覚していました。
「善をなそうと思う自分には、いつも悪が付きまとっているという法則に気づきます。」(ローマ7:21)
また、神の武具で身を固めなければ、決して安全ではないと教えます。
「悪魔の策略に対抗して立つことができるように、神の武具を身に着けなさい。」(エフェソ6:11)
神に従って献身した人々は、悪の力の恐ろしさ、強さ、巧妙さをよく自覚していました。そして、特有の心細さや恐ろしさを覚えていたのです。この詩編の信仰者も同様です。
彼はこう祈りました。
「主よ、わたしの神よ、わたしの目をあなたに向け、あなたを避けどころとします。わたしの魂をうつろ(無防備のもの)にしないでください。」(8節)
彼らは戦うべきところで戦っているからこそ、恐れもするし、特有の心細さも感じました。そして、その上で神を避けどころとして、大胆に祈り、大胆に語りました。悪に対して恐れもせず、心細さも感じないような無自覚ぶりは、決して信仰者にふさわしいものではありません。