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「わたしの心を知ってください」 (詩編139編-5)
「神よ、わたしの心を知ってください。
わたしを試し、悩みを知ってください。」(
23節 )
「わたしを究め、わたしを知っておられる」御方に向かって、「わたしを知ってください・・・悩みを知ってください」と祈っているのです。
確かに、主によって究められ、すべてを知られているのは、逃げ出したくなるようなことであるかもしれません。(7節)しかし、悔い改めて、そのような神に立ち帰るならば、何と心強いことでしょうか。主が知ってくださる以上、一人で悩み続けるには及びません。
自分以外の誰にも知られたくないような心も悩みも、知られているのです。神を知らない人々は、そのような御方がいることを認めません。
「神を知らぬ者は心に言う。『神などない』と。」(詩編14:1)
「主は見ていない。ヤコブの神は気づくことがない。」(詩編93:7)
しかし、神を知る人は祈ります。「わたしの心を知ってください。・・・悩みを知ってください。」知られて不都合なことがあれば、悔い改めるまでのことです。(箴言28:14)
わたしたちの内にある良い心も悪い心も、正しい悩みも曲がった悩みも「知ってください」と祈りましょう。
「御覧ください。わたしの内に迷いの道があるかどうかを。
どうか、わたしをとこしえの道に導いてください。」(24節)
「迷いの道」とは、不信仰の道です。
「とこしえの道」は、主の僕たちが歩んだ道です。
その道を歩む人々は、主に対して何一つむなしく隠しませんでした。
そして、主に知られていることにおいて、彼らは平安であり、幸いでした。