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「わたしの日々は・・・」 (詩編139編-3)10/01/2006

「わたしはあなたに感謝をささげる。」 ( 14節 )

 神によって「驚くべきものに造り上げられている」自分をよく知って、感謝しています。人との比較によってではなく、神との関係において自分をよく知っているのです。
「わたしは恐ろしい力によって驚くべきものに造り上げられている。御業がどんなに驚くべきものか、わたしの魂はよく知っている。」(14節)

「わたしの日々はあなたの書にすべて記されている、
まだその一日も造られないうちから。」
(16節)

 「あなたの書」の内容が、分かっているわけではありません。自分がどのように造られたのかも分からない者に、「すべてのことを成し遂げられる神の業が分かるわけはない」からです。(コヘレト11:5)
 
しかし、モーセやダビデと同様に、どの信仰者の生涯も大切なものとして、神に覚えられています。人には知られなくても、神には知られているのです。
        「わたしの日々はあなたの書に書き記されている。」(16節)

「あなたの御計らいは、わたしにとっていかに貴(とうと)いことか。
神よ、いかにそれは数多いことか。」
(17節)

 「わたしの日々」は、とうてい数えきれないほどの主の御計らいに満ちています。それは「数えようとしても、砂の粒より」多いのです。(18節)信仰によって自分を知ろうとする人は、どのような時にも自分自身と自分の日々をつまらないもののように即断してはなりません。主は、御自分がお造りになった人々の価値を認め、その日々を御自分の書に書き記しておられます。
そして、

「その果てを極めたと思っても、わたしはなお、あなたの中にいる。」(18節)