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「どこに行けば・・・」 (詩編139編-2)
「どこに行けば、あなたの霊から離れることができよう。
どこに逃れれば、御顔を避けることができよう。」
(
1節 )
神を信頼しています。それゆえ、神がいつも共におられることを頼もしく思っています。しかし、その一方で、「どこに行けば、あなたの霊から離れることができよう。(あなたの)御顔を避けることができよう」とも思っています。いつも神から見られていることに耐えられないのです。
これが、罪ある人間の複雑な思いです。しかし、神から離れることも、逃れることもできません。上にも下にも、逃れる所はありません。
「天に登ろうとも、あなたはそこにいまし、陰府に身を横たえようとも、見よ、あなたはそこにいます。」(8節)
どんなに遠くへ逃れても無駄です。
「曙の翼を駆って海のかなたに行き着こうとも、あなたはそこにいまし、御手をもってわたしを導き、右の御手をもってわたしをとらえてくださる。」(9、10節)
夜の暗闇の中にも隠れることはできません。
「闇の中でも主はわたしを見ておられる。夜も光がわたしを照らし出す。」(11節)
すなわち、どこに行こうとも、いついかなる時でも、わたしたちは神の霊と共にあり、神の御顔の前にいるのです。
これを恐れ、苦痛とするでしょうか。それとも喜びとするでしょうか。
いかなる理由があるにせよ、神の愛を疑うなら、これは苦痛です。(ヨブ7:17−20)
しかし、いついかなる時にも変わることのないキリストの愛を知るなら、喜ぶことが許されるでしょう。
「だれがキリストの愛からわたしたちを引き離すことができましょう。」
(ローマ8:35)