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「主よ、あなたはわたしを究め・・・」 (詩編139編-1)09/17/2006

「主よ、あなたはわたしを究め、わたしを知っておられる。」 ( 1節 )

 主は、わたしを究めておられます。すなわち、徹底的に調べ尽くしておられます。そして、そのような仕方で「わたしを知っておられる。」
それが、どれほど「驚くべき知識」であるかは、次のとおりです。

「座るのも立つのも知り、遠くからわたしの計らいを悟っておられる。」(2節)
一つ一つの動作はもちろんのこと、いまだ何の動きにあらわれていない「わたしの計らい」さえもご存じです。
「歩くのも伏すのものも見分け、わたしの道にことごとく通じておられる。」(3節)
一つ一つの行動はもちろんのこと、そのすべての行動をご存じです。座る、立つ、歩く、伏す、そして、その計らい、その行動の総和である「わたしの道にことごとく通じておられる。」(3節)
「わたしの舌がひと言も語らぬさきに、主よ、あなたはすべてを知っておられる。」(4節)
ここには、以上語られたことがどれほど徹底した知識であるかが、示されています。「わたしの舌がひと言も語らぬさきに」とは、自分が独り言にすることさえできない状態を含んでいます。すなわち、何一つ自分では自覚されない心の内さえも、主は知っておられるのです。

「前からも後ろからもわたしを囲み、御手をわたしの上に置いてくださる。」
( 4節 )

 「前からも後ろからもわたしを囲み」とは、町が敵に包囲されているような有様を表しています。神に自分のすべてを知られているということは、すぐに喜べることではないでしょう。神から自分を守ろうとしている限り、喜べません。この詩編もすぐに喜んでいるわけではありません。まず驚いているのです。そして、自分を守ろうとせずに、主なる神を仰いでいます。

「その驚くべき知識はわたしを超え、あまりに高くて到達できない。」(6節)