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『主の僕らよ、こぞって主をたたえよ』 (詩編134編)
「主の僕らよ、こぞって主をたたえよ。夜ごと主の家にとどまる人々よ。
聖所に向かって手を上げ、主をたたえよ。」
(1節)
神への礼拝に仕える祭司たちは、昼も夜も「主の家」である神殿にとどまって奉仕しました。礼拝に仕える務めは、ある意味で人々の罪に向き合う務めでもあります。神への礼拝をまっすぐな心で喜べなくなったのが、人間の現状です。そのような人間の現実に向き合いながら、神礼拝へと人々を招き、整える奉仕は、労が多くて結果がなかなか見えない働きだったでのではないでしょうか。そのような奉仕に労苦する「主の僕ら」に、こう呼びかけられています。
「主の僕らよ、こぞって主をたたえよ。」
今やすべてのクリスチャンが、祭司として神礼拝に奉仕する者にされました。(第一ペトロ2:5−9)まず自分自身が神を礼拝しなければなりません。さらに他の人々が神を礼拝するように仕えなければなりません。これこそ、伝道であり、教会形成です。
そのためには、自分の罪と向き合わなければならないでしょう。
また、他の人々の罪とも向き合わされることでしょう。
その時、主の僕らに求められていることは、いっしょに主をたたえることです。
「こぞって主をたたえよ。」
しかし、罪はいっしょに主なる神をたたえることを難しくします。その意味では、いっしょに主をたたえる交わりは常に試されています。この試練によく耐えて、またよく打ち勝って「主の僕らよ、こぞって主をたたえよ。」そのために、互いのために祝福を求める祈りを絶やさないようにいたしましょう。
「天地を造られた主が、シオンからあなたを祝福してくださるように。」(3節)