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『わたしを圧倒できなかった』 (詩編129編)02/26/2006

「イスラエルは言うがよい。
『わたしが若いときから、彼らはわたしを苦しめ続けたが、・・・
彼らは、わたしを圧倒できなかった。』」

(1、2節) 

 主の民の歴史は、苦難の歴史です。その歴史を見る時に、聖書の明るい光の中で見ることがこの上なく重要です。そうでなければ、その歴史は、わたしたちを恐れさせたり、不安にさせたりするだけのものになってしまうかもしれません。あるいは反対に、わたしたちには無関係のこととしてしまうかもしれません。そのようなことのために、聖書は、苦難の歴史を伝えているのではありません。「かつて書かれた事柄は、すべてわたしたちを教え導くためのものです。それでわたしたちは、聖書から忍耐と慰めを学んで希望を持ち続けることができるのです。」(ローマ15:4)

 この詩編は、苦難に対する勝利を宣言しています。「彼らは、わたしを圧倒できなかった。」(2節)なぜ、圧倒できなかったのでしょうか。キリストが共におられたからです。旧約の民もまた、主なるキリストに導かれていました。(参考 第一コリント10:1−4、コロサイ1:17など)

「耕す者はわたしの背を耕し、畝を長く作った。」
(3節)

 受けた苦難が、どのようなものであったかを表しています。「耕す者」は、強い立場にあり、弱い立場にある者を苦しめました。そして、彼らに背を向けて耕されるままにされる者は、主の御言葉から忍耐と慰めを学んで、希望を持ち続けることによって戦いました。そのようにしてくださったのは、キリストです。そして、今もそのキリストは、わたしたちと共におられます。その御方は、十字架にかかられる前に、背中を向けて、鞭打たれるままになさった御方です。そして、ご自身が苦しまれたからこそ、わたしたちの弱さに十分に同情してくださいます。その上で、わたしたちに忍耐と慰めを教えて、最後まで希望を持ち続けて、喜ぶことができるようにすることのできる御方です。
  だから、キリストを知っているなら、いかなる時にも喜びに満たされるために、思い切ってキリストに心を開きましょう。