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『主に依り頼む人は』 (詩編125編)
「主に依り頼む人は、シオンの山。揺らぐことなく、とこしえに座る。」 (1節)
試練の中で、わたしたちを苦しめ悩ます課題や対象を知ることや、それにどのように対処すべきかを知ることは、大切なことです。しかし、それ以上に大切なのは、主を知ることです。主を正しく知って依り頼むなら、その試練に良く耐えて「揺らぐことなく、とこしえに座る」ことができるでしょう。(1節)
嵐の中で死ぬほど恐れた弟子たちに対して、キリストはこう叱られました。「なぜ、怖がるのか。まだ信じないのか。」(マルコ4:40)嵐をどんなに良く知っても、どんなに経験を積み重ねても、この恐れを乗り越えることはできません。キリストは「まだ信じないのか」と言われました。キリストを知り、信じることが恐れを克服する道です。信仰の歩みの中で、わたしたちを揺り動かす、恐れ、あせり、思い煩いなどに出会う時、まず第一に大切なのは、依り頼むべきキリストを正しく豊かに知ることです。
「山々はエルサレムを囲み、主は御自分の民を囲んでいてくださる。
今も、そして、とこしえに。」
(6節)
どんな時にも、主が「御自分の民を囲んでいてくださる」ことを認めましょう。主が囲んでいてくださらなければ、ほえたける獅子である悪魔がわたしたちの信仰を食い尽くしたり、火の矢を信仰の急所に打ち込んだりして、信仰の息の根を止めていたことでしょう。今日、このように主を信じているということこそ、驚くべき恵みです。使徒パウロはこう告白しました。「神の恵みによって今日のわたしがあるのです。」(第一コリント15:10)わたしたちも同様です。
神の恵みに囲まれてきたからこそ、その時のパウロがあったように、神の恵みに囲まれているからこそ、今日のわたしがあるのです。
主に感謝しましょう