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『若く、侮られていますが』 (詩編119編137−144節)
「わたしは若く、侮られていますが、
あなたの命令を決して忘れません。」 (141節)
この信仰者を侮っているのは、どのような人々でしょうか。この信仰者を「若い」とするほどに、知識と経験において優っている人々です。それらの人々は、御言葉を知らないのではなく、「御言葉を忘れ去った」のです。(139節)主イエスの時代を見ると、律法学者たちやファリサイ派の人々は律法をよく知りながらも、大切な所では律法を無視して行動していました。主は彼らを称してこう言われました。「あなたたちは、ぶよ一匹さえも漉して除くが、らくだは飲み込んでいる。」(マタイ23:24)確かにこの信仰者は、そのような人々と比べれば知識と経験においてはるかに劣るかもしれません。使徒たちも、「無学な普通の人々」として侮られました。しかし、神とその御言葉への信頼と服従において、決して劣りはしませんでした。自分を侮る人々にこう言って迫りました。「神に従わないであなたがたに従うことが、神の前に正しいかどうか考えてください」(使徒4:19)主の命令を決して忘れなかったのです。幼子のような信頼です。信仰が先です。知識と経験はその後に従います。
しかし実際には、信仰を先にすることほど難しいことはありません。特に信仰が試されるような時ほど、信仰ではなく知識と経験が先立ちます。
「苦難と苦悩がわたしにふりかかっていますが、
あなたの戒めはわたしの楽しみです。」 (143節)
人間の知性も、感情も、肉体もこのような理解や告白にはついて行けないし、耐えられないでしょう。
幼子のような信頼は、神の賜物です。
神に祈って、聖霊のお働きを待たなければなりません。
祈りましょう。
「あなたの定めはとこしえに正しいのですから、
わたしに理解させ、命を得させてください。」(144節)