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『あなたの戒めを信じています』(詩編119編65−72節)06/05/2005

「わたしはあなたの戒めを信じています。」 (66節)


 これは重要な信仰告白です。主の戒めの他にも、選ぶことのできる道はあるかもしれません。しかし、主の戒めに従う道こそ最善の道であり、最善の結果をもたらす至福の道と信じているのです。あるいは、すっかり行き詰った時でも、主の戒めに従うことに希望があり、救いがあると信じているのです。言い換えれば、主の戒めに依り頼んでいるのです。

 この信仰者が、最初からそのような信仰を持っていたわけではありません。人間の判断によれば、主の戒めにあくまでも従うことは、無益、無意味に見えるでしょう。あるいは、それを通り越して、不利益、愚かとさえ思えるかもしれません。しかし、この信仰者は主の戒めから迷い出て、惨めな失敗をすることによって学んだのです。「わたしは迷い出て、ついに卑しめられました。」(67節)「卑しめられたのはわたしのために良いことでした。わたしはあなたの掟を学ぶようになりました。」(71節)たとえ、人間の判断と知識に反したとしても、主の戒めに従うことの他に、最善、至福の道はないと学んだのです。アブラハム、ダビデ、ペトロをはじめとして、あらゆる主の僕たちもそのようにして、主に従う道を学びました。

「確かな判断力と知識を持つようにわたしを教えてください。」(66節)


  主の戒めが重荷となるのは、信仰が伴わない時です。
  主に喜んで従うために祈りましょう。
  今日、どのように一歩進めば良いかを知るための「判断力と知識」を祈り求めましょう。

確かな判断力と知識を持って従うなら、主の戒めは「楽しみ」であり、
「幾千の金銀にもまさる恵みです。」(70、72節)