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『この地はあなたの慈しみに・・』 (詩編119編57−64節) 05/29/2005

「主よ、この地はあなたの慈しみに満ちています。」 (64節)


 多くの富に恵まれ、すべてのことがうまく行っているから、こう言っているわけではありません。主の厳しい懲らしめを経験しているのです。それゆえ、
「御顔が和らぐのを心を尽くして願い求めます。」(58節)また、失敗を経験しています。悲惨な失敗の果てに父の家に帰ろうとした放蕩息子のように、この信仰者も言うのです。「わたしは自分の道を思い返し、立ち返ってあなたの定めに足を向けます。」(59節)それだけではなく、ずる賢い敵も存在していて、彼を苦しめます。「神に逆らう者の縄がわたしをからめとろうとします・・」(61節)それなのに、彼にとって「この地はあなたの慈しみに満ちています」(64節)

 彼は、「5タラントン」「2タラントン」の財産を預けられ、早速出て行って商売してもうけた「忠実な良い僕」に似ています。(マタイ25:16−30)彼らは、帰って来た主人に対して、この地での生活が実り多いものであったことを報告しています。それに対して、「1タラントン」の財産を預けられた僕は、そのタラントンを用いることなく「地の中に」隠しておきました。そのタラントンでは、この地の生活で実りを得ることはできないと判断したからです。
 「忠実な良い僕」は、主人に従うか従わないかについて悩みません。主人に従って、この地でどのように商売をするかについて悩み、苦労することはあっても、商売をやめるかどうかについては悩まなかったのです。反対に、「1タラントン」の僕は、商売をするかどうかについて悩みました。そして、しないことに決めたのです。

  この地で生きるかぎり、いずれにせよ悩みと苦労が伴います。
  主に忠実に従っても従わなくても、悩みます。
  しかし、忠実な良い僕として苦悩するなら、
「この地はあなたの慈しみに満ちています。」(64節)