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『あなたの道に従って』 (詩編119編.5)
「あなたの道に従って、命を得ることができますように。」 (37節)
「わたしは、あなたの命令を望み続けています。
恵みの御業によって命を得させてください。」 (40節)
地上の生涯がすべてと思うなら、ここで祈り求められている「命」が何であるかを理解することはできません。「人間はただ一度死ぬことと、その後に裁きを受けることが定まっている」と聖書は教えます。(ヘブライ9:27)わたしたちの生涯は、主によってもう一度評価され直し、裁かれなければなりません。「神は善をも悪をも、一切の業を、隠れたこともすべて裁きの座に引き出されるであろう。」(コヘレト12:14)神の裁きによって真の命と死が決定されます。それゆえ、神に従うことに命がかかっています。「信仰の戦いを立派に戦い抜き、永遠の命を手に入れなさい。」(第一テモテ6:12)
「あなたの掟に従う道を示してください」(33節)
「あなたの律法を理解させ、保たせてください」(34節)
「あなたの定めに心を傾けるようにしてください」(36節)
「あなたの道に従って・・」(37節)
「あなたの命令を望み続けています」(40節)
自分を捨てずに、神に従うことはできません。「あなたの掟」と自分の願いや思いが矛盾する時にも、「あなたの掟」を選ばなければならないからです。しかし、それは人間の持つ弱さには耐え難いことです。キリスト・イエスでさえ、「激しい叫び声をあげ、涙を流しながら」祈らなければなりませんでした。(ヘブライ5:7)わたしたちは、どれほど祈らなければならないことでしょうか。
主の掟ではなく赦しを強調することこそ、福音にふさわしいと思われるかもしれません。しかし、主の掟を軽んじる時、主の掟に背いて赦されることも、大したことではありません。
主の掟を軽んじる時、福音理解も次第に変質していかざるをえないのです。
主の掟を命のように慕わずに、キリストの贖罪の真の価値を知ることはできません。