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『正しい裁きを行います』 (詩編119編121−128節) 08/28/2005

 

「わたしは正しい裁きを行います。」 ( 121節 )

 ダビデが「王として全イスラエルを支配し、その民すべてのために裁きと恵みの業を行った」時、ダビデは堂々と自信を持って、それを行っているように見えたことでしょう。(サムエル下8:15)しかし、それが神の御前におけるダビデの姿ではありません。その祈りにおいては、自分自身の無価値と窮乏と罪との深い意識をもって祈ったにちがいありません。この詩編も同様です。「正しい裁きを行います」との堅い決意の後に、自分で自分を守ることもできず、自分で何も知ることもできない幼子のような祈りが続いています。(121−125節)信仰者の二面性をここに見ることができます。神の御前で弱い時にこそ、本当に強いのです。

 「正しい裁きを行います」と堅く決意しているのは、彼の生きている時代が良い時代だからではありません。むしろ、悪く、困難な時代に生きています。「人々はあなたの律法を破棄しています。」(126節)世の中はどんどん暗く、闇のようになっているのです。もし、歴史を導くのが人間の営みでしかないのなら、絶望するしかないでしょう。しかし、歴史を導かれるのは、主です。信仰によって、この悪い時代を見るなら、「主の働かれるとき」が来ているのです。(126節)「それゆえ」、彼は時代を嘆いたり絶望したりするのではなく、ますます主に従う道を進みます。信仰の「それゆえ」です。
「それゆえ、金にまさり純金にまさって、わたしはあなたの戒めを愛します。」(127節)
「それゆえ、あなたの命令のすべてに従って、わたしはまっすぐに歩き、偽りの道をことごとく憎みます。」(128節)

 わたしたちも、時代の変化を嘆いたり思い煩ったりせずに、
信仰によって「それゆえ」どうすべきかを知る者となれるよう祈って参りましょう。