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『偽りの道を憎む』 (詩編119編97−104節) 07/17/2005

「あなたの命令から英知を得たわたしは、
     どのような偽りの道をも憎みます。」 (104節)

  「偽りの道」は、はっきりと間違った道ではありません。とても正しいように見えながら、間違った所へと導くから、「偽りの道」です。それを見分けることは、極めて困難です。しかし、「あなたの命令から英知を得たわたしは、どのような偽りの道をも憎みます。」反対に、そんな「わたし」にとって、主の御言葉は「蜜よりも甘い」のです。(103節)このような仕方で御言葉を味わえるのは、実際の経験を通して訓練された「善悪を見分ける感覚」(ヘブライ5:14)のおかげです。この感覚をもって「偽りの道」を見分けて、憎んでいるのです。 

 「偽りの道」を見分けて憎むためには、あらゆる人間の影響力から自由でなければなりません。敵が脅そうが、誘惑しようが、正しい道を見分けることができなければなりません。「敵よりも知恵ある者」でなければならないのです。(98節)また、どんなに学識豊かな「師」が導こうとも、「偽りの道」を拒否しなければなりません。「あらゆる師にまさって目覚めた者」であることが必要です。(99節)どんなに経験豊かな「長老」の影響さえ斥けて、「偽りの道」を見分けなければなりません。「長老にまさる英知」が必要です。(100節)どれほど偉い人々が美味しいと言って勧めても、自分の舌でその毒を見分けなければなりません。反対に、人が何と言おうと、主の御言葉の美味しさを自分で味わうことができなければなりません。確かに敵を侮ることはできません。師や長老たちからも、できるかぎり謙遜に学ぶべきです。
  しかし、信仰生活の具体的な決断をもって「偽りの道を憎む」のは、自分の感覚です。このような訓練は、当座は面倒で厄介なものと思われるかもしれません。しかし、やがて必ず真実な主が、その仰せを「蜜よりも甘い」と味わえるようにしてくださるでしょう。自分の信仰生活に確信を持つためには、この感覚がぜひとも必要です。